法弦のメス犬狩りから飼い犬を守る為、奥羽の戦士が一人、法弦の下へと潜り込んだ

はまさに野獣のような法弦の交尾に耐えながら、法弦の引止めと拠点の調査報告という大役を勤め上げた

しかし長い交尾は皮肉にも身を差し出した代償を負う事となる

身篭ったのだ、法弦の子を

日に日に身篭ったメスの特徴が体に出だしていて、これ以上ごまかしはきかない



―生まれ変わって会いましょう―



「ごめんなさい赤目さん、他にこんな事頼める人が居なくて…」

最適任者と思われるジェロムは奥羽を去ってしまっているし、哲心には…知られたくなかった


赤目も、功労者であるを死なせるのは忍びなく、思い留まるよう説得を続けるが、の意志は固い



きっと哲心は言うだろう


悪の子が必ず悪になるとは限らない。善の心で導けば必ず正義の戦士になる。と


自分がそうなのだから、と



自分だってそう思う、しかし良くも悪くも法弦の名は売れすぎた

法弦の血を引く者が居ると分かれば良からぬ心を持つ者も居るだろう

だからこそ、法弦の血は此処で絶やしておかねばならないのだ






「哲心には…何か良い言い訳、お願いしますね」

「……分かった」

はこれから死ぬと言うのには場違いな程に穏やかに笑み、赤目に向かって首を差し出す

赤目の牙は月光を受け、まるで死神の鎌の様な軌道を描いての頚動脈を断ち切ろうとした瞬間

「赤目さん!!待って下さい!!!!」

場に別の声が飛び込むが、それで狙いを外す赤目ではない

空気を裂く音が響いた後、ホースから水が噴出す様な音と共に赤い雨があたりに降り注いだ


自分の首から吹き上がる血が周りの草を真紅に染めのと、居る筈の無い哲心が走ってくるのを見ながら、はゆっくりと倒れていく

「哲心…なんでここに…?」

「最近様子がおかしかったら追ってきた…、話も全部聞いた…。何で俺に言わなかったんだ…!」

あちゃあ聞かれてたかぁ、とのんびりした口調で笑った後

「哲心には…知られたくなかったんだもん…。哲心の中の私は…ずっと綺麗なままで居たかったの…」

こんな血塗れじゃあ綺麗もへったくれも無いんだけどねぇ。と笑うが切なくて、哲心は血に汚れるのも構わず冷たくなっていく体を抱きしめた


「何処が…何処が汚い!!他の誰にも出来ない任を果たしたお前を汚いと言う奴が居たら、そいつの心こそ汚れてるんだ!」

だからそんな事を言うなと零れ落ちる涙を見られない様に固くの体を掻き抱いた

「もぉー…そんな嬉しい…事…今更……言わないでよ………」

どくどくと鮮血がの傷口から流れ出していき、薄れ行く意識を表す様に徐々に瞼が下りていく


「ねぇ哲心…」

か細い声が哲心を呼び、弾かれる様にの傍に身を寄せて何だと問う

「私ねぇ…生まれ変わったら……哲心の子供…産みたいなぁ」

「ああ、ああ産んでくれ…!どんな姿になっても俺のとこに戻ってきてくれよ…!」

「ふふ………やく……そ………………」


満足そうに微笑んだまま、最後まで紡がれなかった言葉と共に、の全身から力が失せる

の亡骸を抱いて哲心は声を押し殺してただ、泣き続けた












が息を引き取った数日後、ヒロと麗華の子が生まれた

奥羽の戦士達がこぞって二人を祝福し、生れ落ちたばかりの命に心癒される




まだ目も開かない仔犬が一匹、麗華の乳を離れよたよたと覚束無い足取りで歩き出した

その様子にモスが真っ先に仔犬を止めようとするが、クロスがそれを引き止める

キュウキュウとか細い声で鳴きながら、仔犬はまっすぐにある犬の方へ歩いていく


「え、何だ?この子哲心の方に…」


あと一歩で哲心の前足に手が届くという所で、子犬はバランスを崩して倒れた

それでも懸命に身を起こし、ようやく哲心の脚に身を寄せて、甘えた声で鳴く

目の前の不思議な出来事に誰もが目を見張る中、更に予想だにしない事が皆を驚かせた


縋り付かれた当の哲心が、大粒の涙を止め処もなく流していたのだ

理由を知っている赤目も涙を堪えるのに必死で俯くばかり




ああきっとこの子はの生まれ変わりなんだ…約束を守ってくれたんだ…




声にならない声は嗚咽に塗れ、誰はばかる事無く零れる涙は仔犬が掬い取る

やがて彼の四肢は力をなくし崩れ落ち、仔犬を抱く様にして咽び泣いた




俺がこの子を守ろう  の生まれ変わりのこの子は…今度こそ俺が守りきってみせる




きっと なにに代えても 守り抜いてみせる