は普段温厚で声を荒げることなど滅多にない。

そのが白狼の部下、それも一般兵と激しく口論していた。


「だから何度言わせるの。食料調達班は群れ全員の胃袋預かってるのよ、一匹も獲物取れないのが着いて行くなんて無茶言わないで」

「何でだよ実地訓練って言葉だって有るだろ!此処に居るばかりじゃ、いつまでも狩りが下手なままじゃないか!」

「狩りの訓練だったら群れの近くででも出来るでしょう。何で調達隊に付いて行きたがるの!慣れない身じゃ危険なのよ?!」

「この石頭!!あんたは半分狼だから俺たち生粋の犬の考えなんてハナっから聞く気がないんだろう!!」

周りの兵士達に動揺が走ると同時に一瞬、の視界が真っ白になった。




―その思い、ただ純粋に―




黙り込んだの不気味さに兵犬が一歩後退った瞬間、突然喉に喰らい付き、大きく頭上に振り上げ雪上に叩き付けた。

喉を押さえられた上に背中をしたたかに打ち、兵犬の口から酸素を求めて喘ぐ様な、くぐもった悲鳴が漏れる。

だがそれに飽き足らず、今度は狼の血を引く故に強靭な力を持つ顎を閉じ、窒息させようとし始めた。



「何をしておるか!!!」

場に鋭い声が走り、焦点の合ってなかったの視線が我に返り、慌てて兵を解放する。

声の元へ向けた視線の先には、北国の風に被毛を弄られながら怒りを滲ませこちらを睨む白狼の姿。

「しかし大殿…」

「理由などきいとらん!!お前は仲間に牙を向けた!頭を冷やせ!!!」

成り行きを見ていた他の兵が事情を説明しようとするが、取り付く島も無く、北の王たる怒号を響き渡らせる白狼。

義父の怒りを買ってしまい最早抗議するという意思すら萎え果て、の尻尾は腹に巻き、耳をぺったりと後ろに倒し頭を垂れる。

白狼と兵犬にか細く謝罪を述べ、とぼとぼと群れの外れにある穴倉に身を沈めるを、周りの犬達は黙ってみているしかなかった。




はショックの余りこの4日間穴倉にこもりきりになり、起き上がる事は愚か、前脚一本動かす事さえしない。

何度か白狼にの謹慎を解いてくれるよう直談判した者も居たし、を連れ出しに来た者もいた。

だが双方意見されればされる程、頑なになってしまい誰の意見にも耳を貸そうとしない。



が穴倉に身を沈めてから6日目、一匹の犬―と最も親しい斑尾の兵犬―が彼女の元を訪れた。

様、白狼様が食事に来るようにと…」

「…行きたくない…」

様が来なければ、ご自分も何も口にしないと…」


白狼の事だ、言ったからには私が行くまで一切何も口にしないだろう。

そしてそれ以外の者達は、白狼が食事をしなければ自分達も水すら飲もうとしないだろう。

みなの生き死には自分にかかっている。

なんて壮大な脅迫だろうかと思いながら、は仕方なく重い体を引きずって白狼の元へ向かった。



一際大きな木の根元、体を横たえた白狼を取り巻くように兵達がひしめき、無数の視線を全身にバシバシ感じながらは白狼の前で膝を折った。

「…、ただいま参りました…」

「つれて来い」

白狼の号令の下、列の一角がガパッと口をあけ、開けたスペースから一匹の犬が控えめな足取りで現れる。

は直ぐに分かった。自分が怪我を負わせたあの兵犬だ。

「この前は本当にご免なさい!!さんが俺の為を思って止めてくれてたのにあんな酷い事いって…さんが怒るの当然だったんですよね、本当にすいませんでした!」

首に傷を残す兵は、おずおずとの前に咥えていた2羽の山雉を置くと、そのまま雪に突っ込まんばかりの勢いで低頭した。

「俺が取ったんです…。お願いです、食べてください」

は驚いた。

こいつは狩りがど下手で単身で獲物をとるなどできない男だった筈なのに、こうして謝る為だけに自力で獲物を捕ってきたのだ。

私はこの6日間、ただ自責をするだけだった間にこいつは変わった。

私なんかよりもずっと立派な男だ。


「こいつがの為だけに捕ってきた物、ワシらが喰らう訳には行くまい。食ってやれ。」

白狼が穏やかに促すと、そろそろと雉の肉を食み、嚥下する。

「…うん、美味しいよ。良い獲物とって来たね」

の言葉にぱぁっと表情を明るくする兵犬、それをみて白狼が立ち上がり。

「よーし二人の和解は成った!お前らも絶食解禁じゃあ!!!」


白狼の言葉を合図に一斉に「うぉーっす!」と歓声が上がり、茂みの向こうからエゾジカが4、5頭運ばれてくる。

真逆皆までが何も食わずに居たとは思ってなかったは、一種滑稽とも言える白狼軍の団結の強さに思わず苦笑を漏らした。



胃の小さくなったは雉をゆっくり食べていると、傍に白狼が伏した。

「わしも言い過ぎた…すまんかったな」

「ううん、怒ってくれて良かったと思ってるよ。あいつの言った通り…心のどこかに狼の血を持つ自分は群れの皆とは違うって思いが有ったんだと思う…」

鹿に群がる集団の中で一際はしゃいでいるあの兵犬に視線を向けながら、は小さく漏らし、白狼はそんな義娘の顔を見る。

「本当の仲間だと思われてないんじゃないかって…。だからあの時父さんが怒らなかったら、ああやっぱり自分は仲間じゃないんだって…思い込む所だったから」

「…お前はわしの娘じゃ」

静かに、穏やかに、揺ぎ無い情を込めて呟かれる言葉に、ゆるく半円描くの目から涙が零れる。



「うん…うん、分かってる」


思い違わなくて良かった


私は、道北軍の一員で、白狼の娘


絶対に揺らぐ事の無い、私の存在意義