大きな戦いの前や眠れない夜、はいつも一つの歌を歌っている。
故郷の道と題され、自分が飼い犬だった頃主人が良く歌っていた曲だったから何時しか覚えた歌。
静かに吹き渡る夜風に歌声を乗せながら、翌日迎えるであろう大きな戦いへの恐怖と戦っていた。
「カントリーロード」
不意に背後に気配を感じ振り向くと、岩の上に寝そべり首だけを起こした譲二がこちらを見ている。
「あん?何でやめるんだ。続けてくれよ」
「な、何でこんな所に居るのよ。皆と一緒に寝てたんじゃないの?」
「女が一人で寝床離れていったら心配になるだろ」
だから追って来た。と笑う譲二に心配される覚えはないと嘯きながら、は岩の方へ近寄って腰を下ろす。
空を見上げれば月が明るく、目を閉じていると頭上から譲二が今の曲は何だと聞いてきた。
「今の歌?ん、と…自分の中に有る思い出とか故郷への想いとか、そういうのの歌だって主人が言ってたなあ」
問い掛けに一度開けた瞼を再び閉じ、記憶に残る大好きな飼い主の言葉を思い起こす。
「昔は良かったなぁって思う事誰だって有るじゃない?けどどんなに懐古しても自分の生きてる時間は今この瞬間だから、前を向いて生きていこうって事じゃないかな」
ふぅんと気もそぞろな返事をする譲二に目を向ける事無く、の視線は相変わらず瞼に覆われているが恐らく月を見上げているのだろう。
「だから感傷的になったりどうしても眠れない時なんかに、この歌を歌って自分を落ち着かせてるの」
戦いの前とかにもねと小さく呟く声に落とした視線の先では、の尻尾が落ち着き無く揺れている。
その揺れは、明日の戦いへの拭えぬ不安からだとは誰が見ても明らかだった。
「…もう一回歌ってくれよ。俺も一緒に歌いてぇ」
不意に譲二が岩から降りての横に並ぶ。
「知ってるの?もしかして関西でブイブイ言わしてた頃に覚えたとか?」
「が歌ってるので覚えた」
「………………………ごめん、私の耳おかしいのかな。も一回言ってくれる?」
「が、歌ってるのを、何回も聞いて、覚えたんだよ」
「はぁっ?!!」
譲二の区切って強調する様な言葉に、は激しく眩暈を覚えて思わず二歩三歩とたたらを踏む。
確かに戦いの前に何度か歌った事は有るが、飽く迄誰にも聞こえない場所で歌っていた筈だ。
なのに聞かれてて、しかも歌詞を覚えるほどの回数聞かれていたとか有り得ない。
恥ずかしくて顔から火が出そうだと言うか、もう出てるんじゃないかと思うほど顔が熱い。
頭の中がぐるぐる回ってて自分も叫びながらゴロゴロ転がり回ってしまいたい。
頭を抱え呻くを他所に、当の譲二は早くしろとでも言うように前足で軽くリズムを刻んでいる。
最早半泣きのは観念して譲二のリズムに合わせ歌い始めた。
最初ぎこちなかった歌声は、次第にこれまでよりも伸びやかに、これまでよりも穏やかに夜風に乗っていく。
それに譲二の声が重なる。
重なった声に戦いへの不安は拭われ、歌声は一層穏やかになって行く。
何時しか声は一つ増え二つ増え、最終的には奥羽軍全員での合唱になっていた。
夜空に犬達の調子っぱずれな歌声が吸い込まれていき、歌が終わる頃にはが羞恥死していたのを月はただ見守っていた。