『…大丈夫、まだ時間有るよね』
随分と高い天井付近に掛けられた時計に一瞥をくれてから、私はもう一度サックスのマウスピースを銜えた
―認めたくない理解者―
「おう、そろそろ交代の時間じゃないか?」
プポキャアアアア!!
さあ吹くぞ!とつけた勢いと驚愕とが重なって、リードミスによる楽器の悲鳴が部屋に響いた
「うわああリードが割れたぁあああ!!最後のニハンだったのにどうしてくれんのよ!!!」
リガチャーで固定されているも関わらず、縦に割れると言うミラクルをやってのけたリードをマウスピースごと握りこんで声の主の方へ振り返る
声の主、ブラッカーはの怒りが皆目理解できないと言う表情で肩を竦めて見せた
「リードなんざ、竹とか言う植物で出来た消耗品だろ?別のサイズ使ったら良いじゃないか」
「ふざけろ同サイズでも吹き味は千差万別なんですよコノヤロウ!分かったかこのセンシティブとは対極の輩め!!」
サイバトロンで双璧を成す音楽好き―ロックのブラッカーとクラシックの―が睨み合った…と言うか、が一方的に睨み付けた
ブラッカーはサイバトロン…いや、が知る限りのトランスフォーマー中、唯一の音楽愛好者
ジャンル趣向さえ合えば心行くまで音楽の話で盛り上がりたいと思うのだが如何せん…
「私はあんな騒音ガナリ立てるしか脳の無いロックなんてもんは、音楽とは認めません!」
「クラシックなんてお上品なもん、聞く前に眠くなっちまわぁ」
常々、双方こういう言い分で余り仲は宜しくなく、特にはブラッカーの事を相当に敵視している
「…全く、他に選択肢が無いってーのにこの有様じゃあねぇ」
と溜息を禁じ切れないのだが、音楽性の不一致と言うのはどうにも出来ない世の常と言うものだった
因みに、今居る音響室はブラッカーと私とで時間制シェアをしている
持ち時間前に部屋を出るのも癪だったので、残り時間を確認してもう一曲吹く事に決めた
割れてしまったリードにはゴメンナサイをして、1サイズ厚みの有るリードを濡らしてマウスピースに添え、シームのレスリガチャーを嵌める
使った事の無い厚さのリードはどんな具合だろうか。そんな不安を抱えつつはストラップに愛用のアルトサックスを引っ掛けて構えた
「ファイバー。ディスク23のジャズアレンジプレリュードを流してくれる?」
「データ照会中…」
答えてくれたのはこの部屋の管理をするAI…かつてサイバトロンを導いたナビゲーションシステムを再現したプログラムに、シャトルベースの動力室を単身護りきったロボットのスパークを乗せた「テレトラン5」
音楽に全く縁の無いブレイバーがこの部屋に来て、テレトラン5にしょっちゅう話しかけてるのは何でだろうと思うが、まあ今は関係の無い事だ
「タイトル確認…ミュージックスタート」
流れ出す前奏は静かなピアノの音。次いで始まるジャズの軽快な音楽に、足先でリズムを取り音楽を刻みだす
一頃国民的な支持を得たゲーム音楽をアレンジしたそれは、原形を失わず、今尚ファンを魅了し続ける曲でもある
勿論私も相当熱中させて頂いたゲームであり、この曲は原曲に並んで好きな曲だった
眼を閉じて旋律を感じる
ゲーム中の名場面が私の記憶を駆け巡る
湧き上がる喜の感情のままに、私は旋律を奏で出す
するとサックスとは別の音が混じってきた
またもリードを咬みかけて、振り向いてみるとブラッカーがベースギターをかき鳴らしているではないか
私の視線に気が付いたのか、ヘッドを天井に向けて持ち上げ弦を弾くその表情は「俺のギターも中々のもんだろう?」と言う超・どや顔
全く以ってむかっ腹の立つ事この上ない表情…と言うか、所業なのだが…
『………普通に上手いんじゃんブラッカー』
ネックを這いずるブラッカーの指は全く淀み無くピアノとベースラインの旋律を奏で、ソロパートに更なるアレンジを加えてくる
何時譜面を知った?等の疑問を持ちながらも、聞き専と思われていたブラッカーの意外なスキルに驚きつつも演奏は止めない。いや、止められない
と言うかロック狂如きの演奏に遅れを取ったとあっては、長年連れ添ったこのアルトサックスに申し訳ない
しかし悔しいが私は即興アレンジが出来るほどのセンスが無いので、サックスとトランペットのパートを確実に奏でる事で食い下がる
サックスとギター…+テレトラン5のドラムの競演と言う名のセッションが部屋を満たしていく
其処には随分と久しく忘れていた、合奏の楽しさがあった
「音楽に国境は無いと言うのは大嘘だ」と言っていた人が居て、それには心の底から賛同する
だけど『音を楽しむ』事に種族の壁が存在しない事は、次第に熱を上げる周りの空気が何よりの証だった
嗚呼 選択肢が無いと言うのは かくも嬉しき事か
オマケ
「えーもう終わりー?」
「うおうレスキューズ何時の間に!!」
「珍しい事が起きてると思ったら、本当に珍しい事が起きてんじゃん」
「マルチ戦隊きた!!」
「録音し損ねたなぁ。アンコールは無いのか?」
「技の人と知恵の子まで?!」
「私は最後の方しか聞けなかったから、是非もう一度お願いしたんだが」
「総司令官(子供付き)ー?!!?」
「よっしゃあ俺ととテレトランの演奏を聴きやがれー!」
「何勝手に決めてんだこの赤ダルマああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」