私の仕事はサイバトロン基地要塞メトロフレックスの夜間警備
昼日中の慌しく華々しい警備業務とは打って変わってデストロンも夜間に活動する気は無いらしく、この任について2年を数えるが夜間襲撃など有った験しが無い
暇すぎると言う理由からこの任務に従事する事を嫌う人間は少なくなかった
自分以外人が居ないのを良い事に、私は今日も警備室から抜け出して薄暗い廊下を歩き始める
―流れ星の様に風の様に―
足元には冷たく床を照らす青白い光が注ぎ、短い影を私の足元から伸ばしている
私は月を見るのが好きだった
誰もがやりたがらない夜間警備等という任務を率先して希望したのも、静かに月を見たいが為だった
しかしこの任務は確かに一晩中月を見ていられるが、お月見をするには小さいし遠いしで激しく物足りない
そんな事をぼんやり考えていたら、不意に金属的な足音が聞え、程なくブラー情報員が廊下の奥から足早に駆けて来る
私は速度を落とす事無く駆け抜けていく青い風に、異常無しの報告と共に敬礼し見るからに神経質そうな後姿を見送った
…と思って敬礼を解いた瞬間、今し方走り抜けていったブラーが戻ってきたではないか
「あんたでしょでしょって名前でしょ?」
目の前で急停車の後、顔を見るなりずばりと名前を言い当てられた時、たじろぐ以外に何が出来ると思う?
「私は伝令が主な仕事だけど腐っても情報員よ、情報に精通して無いとやってけないの分かる分かる分かる?」
…つい先日、警備主任の名前が分からなくて誰だっけ誰だっけ!と大騒ぎしてたのは誰だろうかと思っても言わないでおこうかな
私の若干生温い視線に気付いてるのかそうでないのか、力説姿勢を崩すと突然ずいっと詰め寄って来た
「所であんた夜いっつも此処にいんのねいんのねいんのねぇ、警備室はあっちであっちでこっちはただの廊下でしょ?」
不味い、サボってたのばれた?!
上層部相手に名前と顔を覚えられる…これが何を意味するか
友好的な相手なら何も問題は無いのだが、もし悪意を持つ相手なら?
この情報員は保安主任やシティーコマンダー、挙句の果ては総司令官等の雲上人達とひっじょーに親しいトランスフォーマー
サボってる事がこの男伝いに司令官の聴覚センサーに入れば…私の首なんて豆腐に刃を通すより容易く飛んでしまうだろう
だが悲しいかな適当に誤魔化すという事も思いつかず、おずおずと今見ていたものを正直に指差す
それは遥か頭上にある、申し訳程度に刳り貫かれた小さな天窓から覗く満月の一部だった
天井の月をじぃと数秒見つめた後、やおら此方へ振り返るブラーは握り拳
「そんな所から見る月なんてつまんないつまんないつまんない!私が良い所連れてってあげる連れてってあげるからちょーっと目閉じてて閉じてて閉じてて」
言うが早いか膝の裏を掬い上げられ背中に腕を回され、いわゆる「お姫様抱っこ」と言う状態になった事だけは理解した
両手で目を覆った私はブラーにしがみ付く事も声を上げる事も出来ずされるがままだ
ブラーの腕の中で上下左右あらゆる方向への揺れを感じ、好い加減気分が悪くなってきた所で不意に振動が収まる
目を覆っていた手を、ブラーの手が思いの他優しく外してくれた
頬には冷たい風が滑っていき、眼前には夜の帳が落ちた闇夜が広がる
足元に落ちる影に気が付き、誘われる様に視線を上げれば雄大に、繊細に、我が物顔で君臨する夜の王が其処に居た
何者にも遮られる事の無い満月は小さな窓から見上げる物とは全く違う
大きくて今にも落ちてきそうで、月光は雨粒の様に優しく降り注ぐ
思わず踏み出した足が虚空を踏み抜き、体が変な浮遊感を伴って前方に倒れていった
「危ない危ない危ない!!」
絶叫と共に腕を掴み止められ、宙ぶらりんになった反射で下を見る
…見覚えのある桟橋の様な物が見えて、自分とブラーが居るのがメトロフレックスのてっぺんだと漸く気が付いた
腕一本で支えられ、空中でぶらぶらする中で無意識に右手を月に向かって伸ばす
「お月様好きなの好きなの好きなの?そんなに好きなら今度連れて行こうか?」
直面している危機を無視した行動を問う事無く、私を引き上げたブラーが言葉をかける
連れて行く?ムーンベースの事だろうかと思い至れば私は慌てて首を振る
私は太陽の光を受けて輝く夜の月が好きであって、月と言う衛星が好きな訳ではないから丁寧に辞退させて頂く
「あそぉ?此処はね此処はね私のお気に入りの場所なのよ場所なのよ場所なのよ。お月様好きだって言うあんたにだけ教えてあげる」
教えてくれるのは有り難いが、既にその秘密の場所に連行されてるんだから教えるも糞も無いと思う…
あと間違いなく、神に誓って此処まで自力で来れる自信が無いから首を横に振る
私の無碍な返事にブラーは信じられない!と詰め寄って来た
そんな事言ったって、此処まで目隠しして来た人間にメトロフレックスのてっぺんなんてどうやって至れと!
「何で何で何でなーんでぇー?嫌なの嫌なの嫌なの?」
そう問われ、嫌な訳じゃない私はもう一度首を振る
2度の問いに2度とも首を横に振られたブラーは腕を組んで考え込んでしまう
早口な男は考え事も早いのか、数秒黙ったと思ったら突然両手を叩いて私を見た
「んもーしょうが無いしょうが無いしょうが無い!今度から私が連れて来て上げるからそれなら問題ないでしょ問題無い問題無い問題無い!」
…すいません、何でそんなにナイスアイディア!みたいな顔してるんですか?!
勝手に話を進めていく「あたしゃ頼りになる男」殿には、最早私の声なんぞ届く筈も無い
追いすがる様に前に向かって伸ばされた右手が空しく空で止まる
その行き場のない手を金属のハンドパーツが掬い取った
「これからは一緒にお月見しよお月見お月見お月見」
目の前には人懐こくカメラアイと口が半円描いていて、思わず抗議の声も喉の奥に引っ込んでしまった
神経質で臆病者だと聞いていたのに、なんでそんな良い笑顔なんて出来るんだろう
そんな表情されたら断る事も出来ないと、私は了承とも否定とも付かない声を出しながら頷くしかなかった
風の様に駆け抜け、星と同じ色を持つ男
貴方が連れ出してくれた空は、なんて素晴らしいんだろう
「…流れ星?」
私の呟きを耳聡く拾ったブラーが空を見上げて流れ星を探すが、見つかる筈も無い
私の見た流れ星は、今目の前に居るのだから
星は年若いほど青いといいます