アイアンハイドは一心不乱に自前のカノンの手入れをしている
そう見せ掛けておきながら、彼の集音センサーは部屋一室隔てたラボに居るの声に集中しきっていた
かつて人間を野蛮な種族と言い捨てていた武器担当の姿は何処へやら、今やすっかり「人間の少女に恋するロボット」に成り果てていた
―あなたのことばはあめとむち―
「そんでですねー、昨日もアイアンハイドが無茶してコードぶっちぎって帰ってくるから思わず怒鳴っちゃいましたよー」
内容はどうであれ、自分の名がの口から出る嬉しさに密かに口角を上げつつ、銃砲にワックスを伸ばし始める
「すげーなー。今やオートボット連中を怒鳴れんのお前だけだぜ?」
「そうですか?みんな結構声かけてるじゃないですか」
「そら必要事項位はな。お前みてーに正面切って怒鳴れるわけねえだろ」
心底不思議そうな声を上げるだったが、アイアンハイドは主任に強く同意したかった
実際オートボッツと対等に話す、更に言えば本気で怒鳴れる人間と言えばアイアンハイドはレノックスとしか知らない
自分のしている事がどれ程の事か自覚して欲しいものだと思わずには居られなかった
「所で話変わるけどな、お前はあん中で何が一番好きなんだ?」
メモリを漁っている最中の急な話題転換、しかも思い人を訊ねるなどと言う内容
アイアンハイドは慌てて集音センサーの感度を最大限に引き上げる
『愚かな事を問う人間だ。が恋慕を寄せる相手など俺以外に居るものk「えー私ですか?そりゃ勿論ラチェットですよーvv」
瞬間ハイドの手の中で、ご自慢のバズーカが清々しく壊滅的な音を立てた
「あーお前さんラチェット大好きだもんなー。将来ラチェットをはべらせて寝たいとか言って、硬いわ冷たいわで眠れねーだろこの変態が」
「主任に言われたくないですよねー。あんなナリして実は凄いんだぜ?的な?一度良さを知っちゃうと他には戻れませんよねーv」
内容はともかく、今まで聞いた事も無い程の楽しげな声が妙に遠く聞こえる
「…自ら変態と認めてはいかんだろう……」
足元で無残な姿を晒すカノン同様、アイアンハイドのロジックサーキットは最早気にする事の優先順位すら覚束無い程に砕け散っていた
「ねーアイアンハイド。私のラチェット知らない?」
その瞬間スパークが、ブレインサーキットが、機体がスッと冷えたのを感じた
―私の?あの野郎がお前の所有物だと言うのか?―
ブレインサーキットが焼き切れそうで、今にも決壊してしまいそうな理性を押し留める為に痛い程口唇を噛む
「アイアンハイド?聞いてる?」
何時もならぶっきら棒ながらに何かしらリアクションが帰ってくるのだが、何の返答も寄越さない彼には顔を覗きこむ様に見上げた
「…お前のラチェットなら……あちらの第5ゲートに居るぞ」
「第五ゲート?わたしそんな所に置いたっけ…?ま、ハイドが言うなら間違いないよね、ありがとアイアンハイドっ!またねー!」
その顔に浮かぶ満面の笑みは俺にしか見せないものの筈だ、そう思っていたのは俺だけか?お前はアイツにも…ラチェットにもその笑顔を…?
そう思った刹那、スパークがギリリと音を立てた気がした…
第五ゲートに来たはそこに居たオートボットを見るなり「げっ!」と一歩後ずさり、その短い悲鳴に気づいた若草色のボディが振り向いた
最も係わり合いを避けたい変態軍医こと、ラチェットがの姿を認識して顎を摩る
「ほう、君が私のところへ来るなど珍しいな。私に会いに此処へ来たのかね」
「え?何戯けてんの?あんたに用なんて有る訳ないでしょ」
「ふむ。私はヒトは余り好みではないが、来るものは拒まない主義だ。私に任せたまえ」
相手が一歩踏み出せば自分は一歩後退りを繰り返し、逃げ場が無い事に気が付いたのは背中が壁に当たってからだった
「何が任せろよ変態触るな来るな爆発しろー!!!」
ガン!と剥き出しの鉄骨がアイアンハイドの拳の形にへこむ
ブレインサーキットが今まで見せた事もない様な妙な波長を刻み、ポンプは嫌に動作を早くし気持ち悪い程にオイルを循環させていて吐きそうだ
アイアンハイドは今まで感じた事もないが、この妙なシグナルの形容詞は知っている
嫉妬
怒りにも似たこの醜い感情に自分が取り付かれるなど、想像した事も無かった
自分は何を考えている?が一度たりとも自分の所有者を俺だと言った事が有ったか?俺がを所有物だと思った事があったか?
何時の間にこんなにも独占欲が強くなっていたのだろう、何時からに想われる事が当たり前だと思っていたのだろう
己の思い上がりを恥じ、知らずその場に片膝を突く彼のセンサーが第五ゲートからの悲鳴を感知し一瞬の逡巡の後、床を蹴っていた
「!!どうした!!!!!」
「アイアンハイド…!助けて…!!!」
駆けつけたアイアンハイドのモニターにはラチェットの手の中で、今正にシャツを脱がされようとしているが映し出される
目の前の状況に彼は一瞬冷静な判断を欠いた。いや、今はそれが正しかったかもしれない
渾身の力で握られた拳はラチェットの頬の装甲を変形させ、彼を奥の壁際まで吹っ飛ばした
衝撃でラチェットの手から零れ落ちたの体をしっかりと受け止め、胸に抱く様に引き寄せて声を轟かせる
「俺のに何をしてやがる!!!」
「バカ!バカ!ハイドのバカ!私がラチェットの事嫌いなの知ってるでしょ!!何か恨みでもあんの?!この前肩のナット一個忘れたの根に持ってんの?!」
黒い大きな手に抱かれて泣きじゃくるは、感情のままにまくし立てながらアイアンハイドの装甲をバシバシ叩いている
「バカバカ言うんじゃない。それにそもそもお前が…!」
「私が何だっつーのよ!!」
涙を一杯にためた目が怒りの炎を宿してアイアンハイドを睨むものだから、黒い歴戦の猛者も流石に目を逸らす
「ラチェットの事を…私の、などと言うからだろう…」
「有り得ないよそんなの!私があの変態を好きとか有り得ない!!あいつを好きになる位ならメガロトンにレイプされた方がマシだわ!!!」
敵の総大将に陵辱される事にすら劣る仲間に内心ハイドは深い哀れみ覚えたが、ある意味自業自得だとすぐに思い直した
「だがお前は確かに『私のラチェット』と、そう言っただろう」
苦く吐き出された言葉に初めての手が止まり、呆けたような目がアイアンハイドを見る
「ラチェットって、ラチェットレンチの事よ?工具の…」
聞いた途端、アイアンハイドの全身から駆動力が失せズシャンとその場に尻餅をついた
「……もしかして、妬いてたの?」
「…お前の口から俺以外の名が出るのは…堪らん…」
自分の勘違いが情けないやら恥ずかしいやらで、の視線から逃れるように顔を腕とカノンで隠してぼそりと呟く
「……かわいい」
機体をカッカさせながら今更に狼狽するアイアンハイドがたまらなく愛しくて、は頬の部分に当たる装甲に触れる
こんなにも図体は大きくて血の気の多い機械生命体なのに、どうしてこんなにも人間臭い感情に振り回されるのだろうか
「大丈夫よ。私がアイアンハイド以外の男に惚れるなんて、絶対にありえないから」
歌う様に囁く言葉は誓いの言葉 そっと触れる唇は貴方だけの物
愛しいヒトよ その蒼く輝く瞳に 永劫私を映していて下さい
私もずっと 貴方だけを見てるから
オマケ
「ー、悪ぃ悪ぃお前の工具借りてて返すの忘れてたわ」
「あたしのラチェットーーー!!!」
結局お気に入りのラチェットレンチは他のメカニックが無断で借用し、元の場所に戻し忘れていたらしい
はお気に入りの工具が戻って喜び、アイアンハイドは思い違いを恥じ、ラチェットは結局殴られ損だったという事で