「ジャズ将軍。お手隙でしたら射撃のご指導頂きたいのですが、これからのご都合は如何でしょうか」

私の抑揚の無い声が響いた途端周囲がどよめき、「こいつ喋れたの?」という視線や囁き声(私は普段発声回路を切ってる)をセンサーがそれらを余さず感知する。
周囲の反応など何処吹く風のくジャズ将軍といえば、顎に指を当てて何やら私を楽しげに見た後、快く引き受けて下さった。
立ち上がると同席者に手を振り、軽くビートを刻みながら出入口へ歩いていく将軍の後に着いていく(何時見ても思うが…つくづく普通に歩かない方だな将軍って)


ー君は少し不器用なだけの女の子ー


「セイバートロニアン屈指のガンナーである君からご指名頂けるとは光栄だな」

将軍と私は砂塵舞う荒れ岩場の中でそれぞれ銃を構えていた。
私は他のオートボットと違い腕がカノンに変形しないので、標準的なレーザーライフル2丁をメインに使用している。

「しかし何故俺をコーチに?射撃ならアイアンハイドの方が適任そうだが」

私の横で銃を構えるだけの将軍(あくまで訓練するのは私だけだし)が尋ねるので、私は背後のドローンに視線もやらず撃ち抜きながら答える。

「アイアンハイド殿は大火力での掃射と破壊を得意としていらっしゃいますが、狙撃に関しては些かその手腕に疑問が有りましたので」

私の返答を聞いた将軍は「確かにな」と同意しながら膝を叩き、腹を抱えて爆笑していた(一寸笑いすぎだ。幾ら何でも失礼じゃなかろうか)
そんなこんなでシュミレーションプログラム終了のアナウンスと共に、ホログラムの中から現れた的は全て中央付近を射抜かれている。

「ヒュー。そのガンでそれだけの腕前なら、俺が教える事は何も無いんじゃないか?」
「私は際立った能力が有りません。だから如何な武器でもターゲットのスパークの中心を寸分違わず射抜ける精度が欲しいのです。これではまだ不十分です」

抑揚がない分不機嫌ともとれる私の返答に、ジャズ将軍は苦笑交じりに肩を竦めただけだった(そう言えばこんなに喋ったのは何百万年振りだろう)






「話は変わりますが将軍…」


「先ほど、と言うかリフレッシュルームに居た時から…私の顔に何か付いてますか」

射撃フォームの微調整をして貰っているのだが、何故かずっと楽しげな視線を送ってくる将軍に堪えかね、遥か遠くの的に視線を固定したまま尋ねる。

「ん?いや前から思ってたけど、近くで見ると改めて美人だなと思っ…て!」

背後に居た将軍の腕が、突然私の体を抱き竦めがっちりと固めた。
不意の拘束。しかも相手は上官。真意も分からず無表情のままで戸惑った拘束解除要請が発声回路から漏れていく(よくぞ誤射しなかったな私)


「やっぱりな。感情の振れはちゃんとあるんじゃないか」


将軍の宝物を見つけた子供の様な声に、抱き竦められても動揺すら宿さなかったアイセンサーに困惑の色が浮かぶ。
私達セイバートロニアンは機体にランダムで選択された人格プログラムをメインメモリとブレインサーキットに入力保存され、後の人格形成の基盤となる。
私は感情と知性はきちんと持って生まれたが、感情を表情に表す機能は持って生まれなかったらしい。

―きっと私は元々回路に不具合が有ったに違いない。でなければこんな感情表現に欠陥のあるセイバートロニアンが生まれる筈が無いんだ―


「回路云々じゃない、感情をどう表情をしたら良いか分からないだけだ。君は人よりほんの少しだけ、不器用なだけなんだよ」

思考を読まれたのかと狼狽した私の口角を右手の人差し指で持ち上げ、片手でご自分の微笑んだ口元を指し示す。

「ほら、笑うってのはこう口を持ち上げる。最初は真似だけで良い。その内本当に笑えるようになるから、やってみろ?」
「……出来ません…」

笑う真似すら出来ない自分が情けなく、自分も気づかぬ内に俯く。

『あいつはセイバートロニアンの格好をしたドローンだ』と、誰かに言われた事が有った。
自分がドローンでない事は己自身が一番知っている。だが私は他者に向かって否定出来るだけのファクターを持っていなかった。
否定しないのを良い事に心無い者達は「スパークの無いメタル人形」と私を罵り、仲間に絶望し、何時しか声を出す事も止めてしまった過去がメモリの中を駆け巡る。

「そうか、じゃあ今から俺がとっておきのジョークを披露してやろう!絶対受けるぜ覚悟しろ!」

…いや将軍のジョークと言うのが全く持って期待出来ないのを知ってるのは私だけじゃないから、思わず背を向けたくなった気持ちも分かって欲しい。




「いいか、お前は俺の女になる」



…一気に気が抜けた。何でこの人はこんな事を真面目に言える?そうか、真剣じゃないから…本気じゃないから言えるんだ。



でも…優しいジョーク、いや、優しい嘘だ



「……将軍、それは…笑えません」

一瞬将軍がポカンと口を開けたままで硬直し、私を見ようとしないのでどうしたのかと尋ねてみるが先刻までのが嘘の様な挙動不審っぷり。

「い、いや・・・微笑んだが想像以上に……その、…可愛かったから…少し驚いた」

私から顔を逸らし、口元を隠したままゴホンとわざとらしい咳払いをする。


「…で、将軍。いい加減に離して頂きたいのですが」

将軍の狼狽も、私が笑ったと言う証言も、力の限り流れをぶった切ってもう一度拘束解除申請を出してみる。

「嫌なら突き飛ばせば良いい。もし嫌じゃないなら、キスしてくれ。そしたら離す」

余りに唐突な話題転換に下唇突き出し(男のその仕草は可愛くないです将軍)て言われる内容に聴覚回路を疑った(キス?将軍に?一般兵の私が?悪い冗談だ。と言うか何考えてるんだ)
本気の要求とは思わず身を捩って拘束から逃れようとするも、私を解放してくれる意思が見えない。嫌な予感がする。真逆本気か?
抵抗する私を見る笑顔にその疑念が確信へ変わり、湧き上がる危機感に「将軍止めて下さい」と暴れた途端「違う」と言われ、何が違うのか思わず動きが止まる。


「ジャズと呼んでくれないか?」

「出来ません。規律違反です」

「冷たいな。二人きりなら問題ないだろ?」


問題無い訳が無い。上官相手では何を要求されようと逆らってはならないが、親しくなる様な要求だけは絶対に呑んではならない。上下関係が曖昧なり、戦場でそれが足を引っ張りかねないからだ。
それ以前にこんな所を誰かに見られたら軍法会議物(やってる事の重大さをわかってるんだろうかこの男は)
私はどうなろうが痛くも痒くもないが、将軍に何らかの処分が下っては指導を頼んだ身として申し訳が立たない。
兎にも角にもこの不条理な拘束を解かねば。と考えていた背後で自動ドアの開く音がして、複数の足音がビタリと止まる。
バイザーの下の目が笑った気がして、嫌な予感に音がしそうな位ゆぅっくりと首を出入り口へ向けた。



「……………」

「「「……………………………」」」



ドアの中に一歩踏み入れたポーズで固まっているバンブルビー諜報員
ドアの外の壁に手を着いてるであろうアイアンハイド武器技術担当
何をしようとしてたのか医療用ガンを片手に、腕を組んでいたラチェット軍医
沈黙の中で6つのアイセンサーと私のアイセンサーが、かち合った


「ジャズ貴様…何を」

「見ての通り、俺達付き合うから。そこんとこヨロシクー♪」

「嘘ですよ信じなモガ!」

抗議の声を上げかけた私の口元を、将軍の対角線に伸びる4本指な手が器用に塞ぐ。

「さ、デートの邪魔だから帰った帰った。とっとと出て行かないと、ある事無い事司令官にチクッちまうぞ」

何やらガタガタと体を震わせていたバンブルビー諜報員が、聞き取り難い声で何かを喚いている様だが、呆れた様子のアイアンハイド殿に担がれていく。
最後まで私達の様子を見ていたラチェット軍医は「何か有ったら何時でも泣き付いてきなさい」と、理解出来ない事を言い残して訓練所に背を向けた。



再び静寂の訪れる射撃場。

「…何であんな嘘を」

咎めの意思を隠そうともせずに言葉をぶつける私に、ジャズ将軍は「何時嘘をついた?」とでも言いたげに首を傾げてみせた。

「将軍と付き合うなんて、私聞いてないし承服しかねます!!」

「俺は本気だ」

不意に私の受光器を見つめる真摯な眼差しと声に言葉が詰まる。

「何で…そんな…」

「君が。がやっと俺の手の届く所に来てくれたから」

「…理解できません」

「じゃあ何故は俺に声をかけた?切ってた発声回路をオンにしてまで」

将軍の指が私の顎を捉えて、無理強いしない程度の力で顔を上向かせた(何故発声回路の事を知ってる?)

「…分かりません…でも」

「でも?」

「将軍なら……私が喋っても驚かないで下さると…思ったので…」

実際そうだった。将軍は私が指導をお願いしに行った時だって、周りが好き勝手ざわつく中で、驚きも、ましてからかいもせずに受け入れてくれた。
これまで見てきたセイバートロニアンの中で、この人ならと思えたからだった(結果的に私の勘は外れてなかった)


「…ですがそれとこれとは話が別です!如何な思惑が有ろうと自惚れは自惚れに過ぎないと教えて差し上げます」

「ヒュウ、ツレないお言葉だね」

「万が一にも私が将軍の前でまた笑うような事があれば、その時はお付き合いの件、了承致しましょう」

一瞬…所でなく少なくとも1分近く将軍の口があんぐりと開いてから、指が何かを確認する様に、指揮でもするかの様に宙で揺れる。

「…じゃあ君を笑わせてやろうと傍に居ても?」

「ご随意になさって下さい。無駄な事だと直ぐに分かると思いますが」

「随分と素直じゃない事だ」

「将軍、なに…」

呆れた様な、苦笑の様な、でも、不快じゃない声で笑われて、上げかけた抗議の声は将軍の口付けで遮られてしまった。
ああおかしい…私はどうしてしまった?やはり私の回路はおかしいのか?将軍のジョークがこんなにも早く実現してしまったのか?



将軍とのキスがこんなにも



嬉しいなんて



不覚だが、この瞬間だけは笑ったといわれても納得出来てしまいそうだ







オマケ

「…もー!何だよアイツ!!ジャズ兄ちゃんに引っ付かれてキスされて、その上付き合う!?兄ちゃん絶対アイツに騙されてるんだー!!オイラは認めないぞ!!!」

「バンブルビー落ち着け。何時も言うがアイツはお前の兄じゃないぞ。あとアイツが一般兵、それも女に騙されるようなタマか?」

「私は彼が適任だと思うがね。彼女のカウンセラーとしてジャズは必要な存在になるだろう」

「カウン…?何だラチェット、お前はあの女の何を知ってる」

「さぁて?軍医が知りえる情報だけだと思うが。それよりアイアンハイド、お前も少しは女心を理解してやらんと、クロミアが愛想を尽かすぞ」

「貴様ラチェット!!クロミアは今関係ないではないか!!」

「え、なになに?アイアンハイドとクロミアはそういう関係だったの?」

「子供は知らんでいい事だ」

「えー何でだよ教えてよ教えてよー軍医ー」

「今夜リペアルームに一人で来るなら教えてやるが?」

「…ごめんなさい…」










補足・タマゴから生まれるのは多分ドローンのみだと思う事にしました。だって初代でベクターシグマが…(何だ
あとハイドの名誉の為に言いますが、彼は狙撃も一流です。ただ弾丸がでかいから「一点を射抜く」じゃなくて「全体を破壊」になってしまうだけです(多分