「あー、この前市街走ってた車だー」
―鉛筆から始まった―
親友の授業終了を静かに待っていたカマロの鼻先で、黒髪の女が膝を折った。
「ねえねえ私車描くの好きなの。君、スケッチして良い?嫌ならクラクション鳴らして?」
白昼堂々無人の車に話し掛けてくるなんて、一体どこの変人だとバンブルビーは無視を決め込む。
だがそれは問い掛けてきた主には了承の沈黙と受け取られたらしく、嬉々とスケッチブックを広げ鉛筆を走らせ始めた。
「うわっ!君ダレ?!人の車に何してんの!」
ミカエラと放課後ドライブに洒落込もうと思っていたサムは、親友をかぶり付きで睨んでいる人物に慌てた大声を上げる。
「ありゃ持ち主さん?本人には了承貰って描かせて貰ってるけどダメだった?」
「本人?僕は何も聞いてないよ何言ってんの?」
スケッチブックから顔をあげ、早くもパニックを起こしかけているサムと冷静なミカエラを交互に見てから立ち上がった。
「あなたには聞いてないわよ。本人ってこっち。」
当たり前の顔で示された新型カマロは、サムの目には一寸迷惑そうな顔に見える。
「ちょっと、ちょっと何言ってんの。車がしゃべる訳ないじゃん。君何かキめちゃってるの?」
「なんか良くわかんないけどこの子自分で動けるんでしょ?この前街ん中でパトに追いかけ回されてるの見たよ?運転席に誰も乗ってなかったのに。ツクモガミでも憑いてんの?」
「つく・・・なに?」
「九十九神。年月を経た命無き物に命が宿るっていう日本の考え方」
サムはそこで初めて喋っている相手がアジア人という広い括りから、日本人と言うカテゴリへの分類に成功した。
そしてまた速度違反のチケットを増やしたのかと、カマロに向かって表情と拳を振り下ろすような仕草で怒りを伝える。
そんなサムとカマロ、そしてミカエラを他所にスケッチブックのページをめくり鉛筆を持った。
「あ、そうだ良かったら二人もモデルになってくれないかな。二人は恋人で、三人は仲良しなんでしょ?」
30分後に出来上がった絵には、カマロの天井に左右から背中合わせに腰掛けて頭を寄せて笑うサムとミカエラが描かれている。
「ワーオ・・・君プロの画家?高校生の絵じゃないよこれ」
「そう?日本じゃ中の下位なんだよ?でもありがとー」
描きあがった絵をカマロのヘッドライトに向けていた東洋人は立ち上がり、人懐こい笑顔を浮かべた。
「この子また描かせて貰って良い?凄く気に入ったの。できればロボットみたいな方も描かせと欲しいけど、そっちは学校とかじゃ無理よねー」
ま、何れねーと暢気な声を地面に転がしながら得体の知れない東洋人は3人に背を向けて校門をくぐって行った。
半ば成す術も無く呆然とその後姿を見送っていたミカエラが、ポツリと呟く。
「…………すごい不思議ちゃんね」
「…そうだね」
『全く訳がわらかねぇ奴だ』
サムの呟きに同意する様にバンブルビーも車体とカーステレオを揺らした。
オマケ
「司令官、今日は変なジャパニーズがオイラの絵を描かせてくれって言ってきたんですよ」
「バンブルビー。真逆人間の目の前でトランスフォームしたのか」
「ちっ違いますよ!オイラがずっとサムの帰りを待ってたら、いきなり目の前に出てきたんですよ!ほんと急に!」
感情までは伝えきれない文字だけの味気ない通信に紛れ、オプティマスのブレインサーキット内に添付画像が表示される。それはあのカマロと人間二人の絵。
「ほう、人間の絵の良し悪しは私にはまだ良く分からないが、技術的な面は良くかけていると判断できるな」
「司令官もサムとおんなじ事…」
「この絵のバンブルビーは誇らしげだ」
たっぷり30秒はバンブルビーからの通信が沈黙する。
オプティマスには回線の向こうで喜んだり頭を抱えたりする部下の様子が容易に想像出来、柔らかくアイセンサーを細め文章を送った。
「バンブルビー、お前はまたその人間に絵を描いて欲しいと思っているな?」
「なぁ?!そんな訳無いですよ司令官!あんな変な人間、お断りですよ!」
「分かった分かった。そういう事にしておこう」
「そう言う事って!司令官オイラほんとに……あ"―!通信切ったな―――!!!」
否定の叫びも聞いてくれなかった司令官との通信は途切れ、バンブルビーは車庫の中で鼻息を吐く代わりにサスペンションを大きく揺らした。
その夜、時折メインメモリーからその画像を呼び出しては、白と黒で表現された自分を眺め満更でもないバンブルビー。
『司令官に褒めて貰える様においらを描いてくれるなら、また描かせてやっても良いかな』と、密かに乗り気であった。
後にサムとミカエラは件の東洋人が留学生である事を知り、バンブルビーはこの風変わりな絵師に毎日付き纏われる事となるが、それはまだ少し先の事だった。