オプティマスが地球を第二の故郷として生きる決心をした後も、アイアンハイドは頑として人間に触れられる事を拒んだ。

確かに同族同士、それも腕の確かな軍医が傍にいるとなれば、そっちに診て貰うのが何かと都合も良かろう。
だがこの星で共存するのであれば、リペアとまではいかずとも、せめてメンテナンスさせてくれる位の信用はして欲しいものだ。
その事で何度もあの黒塗りオッサンと衝突して、その度にオプティマスとラチェットに仲裁され…と言うのを日々繰り返すばかり。
次こそは感情的にならず、彼を説得出来る様にと誓うのだが…その決心は何時も分からず屋のアイアンハイドに粉々に砕かれる訳で…。




―恋せよメカニック―




「ラチェット!ラチェットは何処だ!!」
「残念だけどラチェットはいま居ないわ。オプティマスも当分戻ってこない…ってアンタ何その怪我!」

大声を張り上げラボに入ってきたアイアンハイドは右脚部と右手を損傷していて、コード類が剥き出しになった部分から火花が散っている。
慌てて駆け寄って負傷箇所を確認しようと手を出した瞬間、荒々しく払い除けられた衝撃で背中からコントロールパネルにぶつかった。
思いの他衝撃が強かったらしく、深夜2時を過ぎたばかりの卓上時計が床に転がる。

「人間ごときが俺に触れるな。居ないなら奴が戻るまで待つ。それ位何でも無い」
「負傷箇所から火花散らして何言ってんのよ!幾ら自己治癒能力があったって明らかなオーバーロードじゃない!早く腕出し」

軽くイラッとしながら上げた視界にアイアンハイドの右腕のカノンが突き付けられ、弾を装填する音がガチンと重く体に響く。

「もう一度言うぞ…。俺に触るな、下等な生物めが」

普段重厚で轟く様な低音声の戦士の声が、殺意すら孕んだ重低音へ変わって吐き捨てる。
コイツ本気だ。ヤバイ逃げろ。と脳が全力で逃走命令を出すが、メカニックが壊れた機械を目の前に見て見ぬ振りは絶対に出来ない。

「撃ちたきゃ撃ちなさい。でもね、私は五体バラバラにされてもあんたを診るわよ。メカニックの執念舐めんじゃないわ!」

至近距離で喰らえばディセプティコンとて無事では済まないアイアンハイドのカノンだ。人間が身に浴びれば影を残す事すら許されないだろう。
だがはそんな兵器を前に一歩も引かず、張り詰めた空気の中で睨み合いが続く。



「……貴方が人間を軽視してるのは知ってるし、人間は誇れるような種族じゃないかもしれない」

不意に沈黙を破った私を訝る相手を見つめながら、ゆっくり目の前のカノンに手を伸ばし、銃口を自分から逸らす。

「でもね、人間は傷付いた仲間を放っておけるほど冷酷には出来てないの」

今度はバチバチと火花を散らす右足にそっと手を置く。相手の抵抗は無い。

「直させてなんて傲慢な事言わないわ。せめて応急処置だけでもさせて…。お願いアイアンハイド…!」


初めて彼の名前をまともに呼んだ気がする。とか、何で私こんな必死な声出してるんだろう。とか、妙に冷静な頭が呟く。
そんな中、真っ直ぐに私を見ていたオプティックセンサーが一瞬逸らされ、ロボット式に不機嫌そうな鼻息が漏れた。

「人間に触られるなんぞ気色の悪い思いをしてたまるか」
「ハイド!」
「俺はスリープモードに入る。その間に何とかしろ」

その瞬間、頑なだったオートボットに思いが通じたと分かって柄にも無く鼻の奥がツンとする。

「…寝るんならせめて作業台の上にしてね。私じゃ貴方を運べないわ」

涙が溢れそうになるのを必死に堪え、術台の上で黒巨人がスリープモードに入るのを見届けてから私は満を持して道具を握った。




暫くしてスリープモードから復帰したアイアンハイドは、右手に僅かな重量を感じてオプティックセンサーを転じる。
緩く開かれた手の平に何かが蹲っていたので、上体をやや起こすとそれがだと分かった。
時計を見れば深夜一時の表示。道具の散らかり具合からしてきっと不眠不休でリペアをしてのだろう。
疲れは分からんでもないが、他ロボの手の上に道具を散らかしたままでイビキをかくとはどう言う了見だと口を開きかけて、留まった。



『人間は傷付いた「仲間」を放っておけるほど冷酷には出来てないの』



視覚センサーとメモリーの間で、不意にの一言が再生される。

「仲間………と言いやがったな…」

オートボットに仲間を思う心は勿論有るが、人間にそんな感情があるとは認めていない。
仮に認めても良いと思うのはサムとレノックスだけで、その他の奴は内心で人外の我らを恐れ「疫病神よどうか危害を加えないでくれ」と願っている事だろう。
こいつだってそうだと思っていた。
だがどうだ。俺がカノンを向けても、脅しつけてもたじろぎもしなかった。それ所か己の身より俺の傷を心配した。

「…たんぱく質と水がベースの軟弱組織体め……」

こんなにも壊れやすくて、脆弱な体の何処にあんな強い意志が備わっているのだろうか。

「ぅ…んん…。……ハイ…もぅ…痛くない…でしょ…・・」

人の手の中で寝こけるだけに飽き足らず、寝言でまで心配するなど物好きな奴だ。

「……人間ってのは脆い癖に……温かいな…」

そう思いながら、もう一度の柔らかさを確かめて、ゆっくりスリープモードに移行する。

「人間の寝床代わりなんぞ胸糞悪い…」

気だるそうに呟く言葉とは裏腹に、その口元はほんの少しだけ緩んでいた。





ラボのドア一枚隔てた廊下で、巨体と超巨体の二人、その足元には数人の人間がいて室内の様子を見守っていた。

「どうやら…アイアンハイドの人間嫌いが少し改善されたと判断して良いな」
「良い傾向だ、これはオートボットと人間の関係観察の良い研究対象になる」
ちゃんをモルモットみてえに言うんじゃねえよ変態軍医」

変態と言われても蚊に刺された程も感じない、と言ったラチェットのスルーッぷりにエプスが噛み付きそうになるのをレノックスが抑える。

「しかし何故みなを?パートナーであるレノックスが適任だと思うのだが…」
「そりゃオプティマスお前、ちゃんがアイアンハイドにぞっこんだからに決まってるだろ。普通あんだけ毎日貶されりゃ相手にすんの辞めるぜ?」

健気だねぇ。とか、俺もあんな彼女欲しいぜ。等と口々に漏らす人間を見下ろし、オプティマスは何となく人間のレンアイカンジョウと言う物を知った気がする。
何にせよオプティマスは司令官として、またアイアンハイドの親友として、彼の変化を心から嬉しく思い、アイセンサーの光を柔らかく細めた。

室内の2人は静かに、そして幸せそうに寝息を立てていた