『マズいな…』

ブラッカーは発声モジュールを通さず、一人臍を噛んだ





―絶対零度<優しい心―





今回の任務は、北極におかしな建造物をおったてようとしているデストロンの偵察、及び必要と判断された場合の殲滅

北極大陸の気温はどんなに低くなろうとマイナス30℃程度である。という情報を受け、ブラッカーはたかが地球の気温だと高を括っていた

そのまま出動しようとする兄をふん捕まえたラスターの強い説得により、オイルを寒冷地仕様と交換はしたが、不凍液の濃度が不十分だった様だ






『コーション:オイル温度異常 コーション:オイル循環率68%ダウン コーション:エネルギーポンプ動作不…』





五月蠅いと思いながら、ブラッカーはサーキットに響く警告音を遮断した

活動拠点である宇宙空間とは質の違う寒さにオイルの温度が極度に下がった為、上手く循環出来ずに全身の機能が著しく低下している

機体温度が保てず末端の方から感覚が失われ、最早指を自分の意思で動かせているかの判断も出来ない

このままでは内部の燃焼機関が焼付けを起こして、最悪の事態にも成りかねない

情報を甘く見て対策を軽んじるなどと言う、素人以下の失態を犯した己に苛立ちが募った



「ブラッカー大丈夫かい?随分と調子が悪そうだけれど…」

「ああ?一寸考え事してただけだ、気にするんじゃねえよ」

今回久しぶりに任務に同行する事となったセイバーが、長く黙り込んでいたブラッカーを心配そうに覗き込む

この任務は自分に指揮権が有るとは言え、総司令官の足を引っ張る訳にはいかないし、何より情けない兄の姿など見せられない

そう思った所で情況が好転する訳も無く、時間が経つ程、ブラッカーの意識レベルは視界にノイズが入る所まで低下していく





「…兄さんボディが冷たすぎるじゃ無いか」

「おっおいコラ」

セイバーがブラッカーの脇に手を差し込むと、自分の開いた脚の間にブラッカーを下ろす

スターセイバー状態でもない弟に軽々持ち上げられた兄はカメラアイを見開き、己の状況を理解しかねていた

「兄さんって実は兄弟の中で一番軽いんだよ?知らなかった?」

セイバーの台詞が、50万年余り培ってきたパワーキャラとしてのアイデンティティーとか、弟三人を纏めて抱き上げたりした長男としてのプライドとかそういう物に引っかき傷を付けたのは、言うまでも無い






暫し呆然としていたブラッカーが突如正気に戻り、己の状態を認識した

機体が温い

それもそうだ、自分は今セイバーに背後から抱きすくめられ、接触する箇所から熱伝導を起こしているからに他ならない

「―――っっバカやろ離せセイバー!!」

「わっ…!急に暴れないでくれ兄さん!じっとして!!」


確かに冷え切った機体にセイバーの熱が心地良いのだが、その心地良さはある箇所に別の熱を溜めるのが始末に負えない


『あったけえが!確かにあったけえが違う所が熱くなるだろ!主に下半身がー!!!!!』


一人欲望と戦うブラッカーを、暴れない様にと更に密着してくるセイバーが容赦無く煽る


『やめてくれセイバー!このままじゃ俺はお前に何するかわかんねぇぞ!!!』


ブラッカーのブレインサーキットには悲痛な…男としての悲痛な叫びが空しく木霊するが、セイバーにそんな物が伝わる筈も無い


「ヒーターが無いからこうするしかないんだよ。お願いだから兄さんの機体が暖まるまでじっとしててくれ!」

まだ暴れようとするブラッカー、その腰に腕を回してがっちり固定するセイバー、双方これでもかと必死な顔だ

「だからって…だからって何もこう密着する必要なんざ何処にも無いだろ!離せー!!」

「幾ら私が兄弟唯一のジェットモデルで排熱温度が高いって言ったって、こうしないと熱が伝えられないんだよ…!」

セイバーの訴えを聞いた途端、ぴたりと動きを止めたブラッカーは肩越しに弟を凝視する

「…セイバーお前」

咎める様な声に、セイバーが慌てて首を振った

「あ、いや別に一人だけモデルが違う事を気にしてる訳じゃないんだ。ただ、こんな日が来るなんて思って無くてね」



この体が兄さんの役に立てるのが嬉しいんだ



そう言ってはにかんだ笑顔を見せるセイバーの頭を、ブラッカーは何も言わず、少し強くガシガシと撫でた









それからのブラッカーは、もう抵抗しなかった

ただ、何故かそんな気分になってセイバーが幼かった頃の話をした


毎日同族に虐められては隠れて泣いていた事

デスザラスにたぶらかされてデストロンになりかけた事

ブレイバーと共謀して、ラスターのラボに腐食性のスライムをぶちまけ、ファーストエイドに怒られた事

俺が池に沈んだとラスターにそそのかされてジェットモードで池に突っ込み、ノーズを少々曲げてしまった事

兄弟4人で取っ組み合いのケンカをして、チャーをはじめとする大人総出で仲裁された事


数え上げればきりの無い、メモリーサーキットに刻まれた思い出達

あの時はああだった、それを言うなら、と、此処が敵地だと言う事も忘れ、束の間兄弟の微笑ましい会話が交わされていく



「…ブラッカー、まだエネルギーの循環は不十分か?」

不意に呼び方が変わり、声には警戒の色を帯びている

これはセイバーの意識が戦士のそれに変わった証拠だ

とすればデストロンの信号をキャッチしたのだろう

素早くプログラムを走らせ己の機体状態を診断する


「オールグリーン。いつでも行けるぜ」

「ブラッカーのオイルが再び凍結しない内に掃討しよう」

にやりと笑むブラッカーの機体をセイバーが開放し、セイバーブレードではなくフォトンブラスターを構える

ブラッカーも立ち上がりフォトンブラスター、エネルギーマシンガンを両手に引っさげて一歩踏み出す

「これ位の数なら問題ねえ、行くぞセイバー!」

ブラッカーが吼えたのを合図に、たった2人のサイバトロン対12人のデストロンの銃撃戦が始まった













オマケ

「こるぁラスター!お前が換えたオイル、何の役にも立たなかったぞ!危うく北極の洞穴ん中で機能停止しかけたじゃねーか!」

「えー?何言ってんの兄貴、役に立ってたじゃん。セイバーに抱き付かれただろ?」

「?!」

「ブラッカー兄さん…僕らが折角作ってあげたチャンスだったのに、何でそのまま押し倒さなかったの…?ヘタレにも程があるでしょ…」

「??!」

「「据え善食わぬは武士の恥」」

「な…なんでお前ら知ってんだーーー!!!」